極私的偏愛映画㉒『ヒッチャー(1986)』 ”追うもの”と”追われるもの”奇妙な関係と”青春の終わり”

 

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 シネマート新宿で”ニューマスター版”の再上映があったので 2021年の”年明け一発目の映画”として観てきました。

昔はそれほど刺さらなかった映画なんですが、改めて観ると「どういうヴィランが好きか」っていう癖にブッ刺さりの映画でしたね。

単にヴィランが良いというだけでなく、主人公との関係性が純粋なスリラー映画と一線を画していて良かったし、エンタメ性と文学性が両立した見事な作品だなと。

 

▼以下ネタバレありの感想▼

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 『ヒッチャー』との出会いは当時住んでいた家の近所にある レンタルビデオ屋の軒先に並んでいたレンタル落ちのVHSを破格のロープライスで買ったところまで遡るのですが、 冒頭で書いた通り当時はそれほど心に響かなかったんです。

 

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 同時期にスピルバーグの『激突!』を観てしまっていたというのもあるのですが、

あまりにも映画として淡々としていて、盛り上がりどころがどこなのか、何が良いのか幼さゆえによく理解できなかった印象があります。

 

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 今では低価格でDVDも出てるんですが、「VHS持ってるしまぁいいか…」みたいな気持ちでスルーしてしまってました。

 

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 2019年7月に75歳で惜しまれつつこの世を去った名優ルトガー・ハウアーが連続殺人鬼である”ヒッチャー”ことジョン・ライダーを演じているんですが、

このジョン・ライダー。本当に不敵かつ不気味な男で、何度も観ている映画なので次の行動は予想できるはずなのに、次の瞬間には何をしでかすのか気になってスクリーンから目が離せなくなってしまうほど。ここぞとばかりのハウアーの怪演が光ります。

 

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 このジョンという得体の知れない男を乗せてしまったばっかりに次々と凶行に巻き込まれて、挙句に罪をなすりつけられ追われる身となってしまう主人公のジムくんの不憫さには同情しかできないのだけれど…

 

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 2人の関係が次第に単純な”追うもの”と”追われるもの”という関係性を超えて、”ジョン・ライダー”という概念そのものと対峙する構造になっていくのが、この映画がエンタメ的な”サイコスリラーもの”としての評価から大きく逸脱してしまっていると言われてる所以で、同じく今作のミソだなと思いました。

 

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そもそも”ジョン・ライダー”という名前もジョン=身元不明の遺体などに使用される一人称ですし、ライダーはその名の通り、車に乗ったりするから適当に付けた名前なんだろうな~という思わせが上手い。

ヒッチャーというタイトルの通り、ジョンが他人の車に飄々と乗り込んだ次の瞬間には忽然と消えてしまうドライバー。まるで神隠しです。

 冒頭でジムくんがジョンに対して何度か目的地を訪ねるシーンがあるんですが、

「タバコあるか?」とか「とりあえず出せ」みたいな事を言って煙にまいて、絶対に目的地は言わないんですよね。

 

そもそも殺人鬼なので目的地なんか無いといえばそれまでですが、意図としてはジョン・ライダーという男を徹底的に無目的で、抽象的な存在にしたかったのかなと。

一応、左手に結婚指輪をしていたり右手の指に絆創膏を巻いていたりして、普通に負傷もするんですが、かといって特別、殺りくを楽しんでいる様子もなく終始純粋な”惨劇”をもたらすだけの殺りく装置的な存在として描かれています。

 

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とある出来事を通して警察のお縄にかかってしまうジョンですが、その際も出身地を聞かれて「……ディズニーランド」と薄ら笑いを浮かべて答える不敵さで、身分証明書もなければ指紋認証のデータにも引っかからないし、完全なる身元不明の男。

防音マジックミラー越しに座るジョンに対して、ジムが小さく「ジョン・ライダー…」と呟くと、それを聞き取ったかのようにジムが居るであろう場所をジロリと見るジョン。その挙動はもう人ならざるモノでしょう。

 

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奇妙な話ですが、監督であるロバート・ハーモンはルドガーがジョンという得体の知れない殺人鬼を演じるにあたり、「まるで親子のようにジム役のC・トーマス・ハウエルに接してほしい」と伝えたというインタビューを読みました。

 

ジムが物語序盤の”謎のヒッチハイカー”に振り回される被害者という立場から、徐々にジョンに対して特別な感情を抱いていくところはドラマツルギーとして面白く、宿敵でありながら疑似的な親子のような絡まり方をしていく2人の関係性は今作の大きな見どころ。

ジムだけがジョンの恐ろしさや強大さを骨の髄まで味わってなお、無垢で潔癖な存在として自らを維持できたからこそ”ジョン・ライダー”という存在を認知できて、また対峙し得る存在になったと考えると、すごく神話性を帯びた話にも感じました。

 

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ジムは警察に保護された時点で無関係でいることもできたのに、わざわざパトカーをジャックし、再びジョンと対峙した理由は何故なのか。

おそらくですが、正義感というよりは殺された人々や自分自身の復讐(ペイバック)はもとより、”自分だけがジョンを打倒できる存在なんだ”という自覚によるものだったと思います。

 

劇中で選択を迫られた末に煮え切らない態度を示したジムに対して「役立たずめ…」と落胆の色を浮かべるシーンと比例して、強奪した警護車の後部ドアをあけ放った際には、まるでジムがそこで待ち構えていることを確信していたかのような表情を見せる。

 

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ジムの行動がジョンによる植え付けであったにせよ、

「俺を止めて(殺して)くれ」という望みを、明らかに特別な感情を持って接した青年の手で遂行させてしまう点に、疑似的であれ”父親殺し”の物語のような禍々しさを感じて震えましたね…

 今作をジムにとっての成長譚や英雄譚として描くのではなく、猛威が過ぎ去り残ったものは何もないというドライな視点で締めくくられているのも良い。

終盤、あどけなさとおびえ切った表情が印象的だったジムの表情には以前のような幼さはなく、この事件を経てひとつの青春の終わりを迎えた。

 

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恐ろしいはずのジョンの存在が転じて頼もしく感じる瞬間があるのもこの作品の面白いところで、ひとつは立ち寄ったダイナーで銃を向けるジムに対して、銃が弾切れであることを指摘し、銃の弾倉を確認する教訓を伝え「何が目的なんだ」との問いかけに「自分で考えろ」と言い放ち自分を確実に仕留めさせるため、ジムの自発を促して、目にコインを2枚押し当てる。

 

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(ギリシア神話では、三途の河を渡る際に渡し守にお金を払わないと船に乗せてくれず成仏出来ずに あの世とこの世の境目をさまよってしまうので死体の目や口の中にコインを入れるのだとか)

 

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もうひとつは、警察から追われる身となった状況で、遂には自動小銃を携えたヘリに追跡されるジムを援護するかのようにジョンが加勢するシーン。

 

(ここだけはハンドガンでヘリを墜落させるジョンの謎のエイム力の高さに笑ってしまうんですが)さっきまで圧倒的な力の差を見せつけた悪役が、一転して味方として振る舞うという点では『ターミネーター2』のT-800のような頼もしさを感じました。

 

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古い映画ならではですが、現代の犯罪捜査での殺害予想時刻や弾道計算といった科学的根拠からすればジムが行った犯行でないこと明白なんですが、地元警察のあまりにもずさんな対応やテキサスといった閉鎖的なオールドアメリカの背景を考えると、犯人に仕立て上げられてしまう恐れのほうが勝ってしまい、鑑賞中はハラハラしっぱなし。(ジムの誤解は案外早めに解消されますが)

 

今作の好きな展開として、あくまでも前進するのみの物語として描かれているところで、まぁドライブ映画なのだから当たり前なんですが…

進行方向が常に前に向かう中で、道中さまざまな出来事に巻き込まれつつも登場人物の内面の変化に焦点をあてたお話作りは素直に好きだなぁと。

 

特筆すべき点としては、今作の撮影監督を務めたジョン・シールはオーストラリア出身の大御所撮影マンなのですが、何を隠そう”行って帰る物語”の代名詞となった『マッドマックス~怒りのデスロード~』の撮影監督でもあります。

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ルドガー・ハウアーというと、やっぱり『ブレードランナー』でのロイ・バッティ役での成功ばかりが目立ってしまいがちで、オランダ時代にポールバーホーベンとタッグを組んだ『グレートウォーリアーズ』での好演も印象的ですが、

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 いや~~やっぱり顔が良い!目が綺麗!手がでっかくてゴツゴツしていて素敵!

こんな男にだったら頭ごと潰されても良いかな…という気持ちになりましたね。

 

今回鑑賞したニューマスター版は、想像していた4kシネマのようなクリアな画質ではありませんでしたが、35ミリフィルムのザラついた質感が印象的で、劇中のイリノイ~テキサス間の”砂子埃の舞う荒涼とした大地”とマッチしていて個人的には気になりませんでした。

 

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音楽を手掛けたマーク・アイシャムによるアンビエントなサウンドトラックも良く、

ぜひ初見は劇場で味わってほしい。そんな作品であったと思います。

 では。

 

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