平成最後の総決算 『ザ・バニシング -消失-』『ヘンリー -ある連続殺人鬼の記録-』戦慄のダブル殺人鬼映画特集_IN_シネマート新宿

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もうすぐ年号が変わります。

新年号は”スーパーコンボ”だそうですね。

個人的には割と、どうでもいいですが。

 

●GWで沸き立つ巷は『アベンジャーズ エンドゲーム』の話題で持ちきりで、かくいう私も、10年近く付き合ったMCUの集大成の前にただ語彙を失うばかりで、出来の良し悪しはともかく「足繁く劇場に通う日々」に一つの終わりが訪れたことにただ寂しさを感じるばかり。

 

ともあれ本題です。この華のGWに何をと思われるかもしれませんが、

新宿のシネマートにて、『ザ・バニシング -消失-』上映公開記念と称し、『ヘンリー -ある連続殺人鬼の記録-』とのダブル上映という恐ろしい特集がやっていたので、つい足を運んでしまいました。

 

なので今回は特別編。二人のシリアルキラーを描いた悪夢のスーパーコンボ的な2作品をぶっ続けで鑑賞したせいで、死と血流の大晦日となりました。

 

 

『ザ・バニシング -消失-』

 

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ある日突然消えた恋人を捜して、執念と亡霊に取り憑かれたかのように次第に精神を追い詰められていく男と、自分の異常性と正常性を立証したいという欲求から、ある「実験」に手を染める男。その対峙を通して、我々の前に筆舌に尽くしがたい絶望と恐怖があぶり出されていく。

監督は『マイセン幻影』(92)、『ダーク・ブラッド』(12)のフランス人監督、ジョルジュ・シュルイツァー。スタンリー・キューブリックは本作を3回観て「これまで観たすべての映画の中で最も恐ろしい映画だ」とシュルイツァーに伝えたという。93年には監督自身の手によりジェフ・ブリッジズ、キーファー・サザーランドサンドラ・ブロック出演でハリウッド・リメイクされた。30年の時を超え、ついに日本にて劇場初公開される。
 
『失踪(誘拐)映画といったジャンルの、三本の指に入るであろう今作。
「噂に伝え聞く」というレベルで耳には入ってくるものの、長年DVD化も上映にも恵まれることのなかった、まさに”幻の一本”なのだ。
『バニーレイクは行方不明』『ゴーンガール』『プリズナーズ』『永遠の子供たち』など、誘拐といったジャンルを取り扱った映画は数多くも、では、
「実際に誘拐された本人はどうなったのか」といった事実に収束するまでの過程や、
主人公がやがて、誘拐犯側の「狂気の世界」に同調していく様子など、
筆者はむしろ、以前紹介した『ゾディアック』に近い感覚を受けた。
 
物語の行き着く果てとして、”金色に輝く卵”というワードが今作でもっとも重要な
ファクターとなってくるのだが、その意味するところが明らかとなった瞬間の旋律は、
まさに悪夢的感覚といっていい。
 
何より恐ろしいのが、誘拐を行った犯人は、確実に反社会的な思想をもち行動している点こそ挙げられるが、日常では良き父であり、良き夫である。
 
誘拐におけるプロセスを自ら実践し、クロロホルムを含んだハンカチを口に当て、
昏睡状態が持続できる時間をチェックし、助手席に座らせ眠らせるまでの一連の動作を入念深くメモ帳にしたためて、慣れない言語を覚えるためにリスニングと発音練習を繰り返す。挙句、子供や妻にふざけたふりをさせて、悲鳴が誰かの耳に届くかどうかのテストまで行ってみせる。
以上は今作で最もコメディアスな瞬間とも言えるが、
丁寧がゆえに現実感の伴った描写として、ある狂人の”頭の中”を強制的に見せつけられる時間となっている。
 
犯人の男が、ある日、川で溺れた少女を救出したエピソードが披露されるが、
少女は「なぜ一緒に落ちた人形も助けてくれなかったのか」と犯人を避難する。
賞賛を浴びるべき立場の犯人が、少女に見せる笑顔の歪さが脳裏に焼き付いて離れない。
のちに本人も語るところではあるが、「英雄になっても、気分の良さは一時」だというのである。「痛み」を幸福と感じたり、感じ方はそれこそ人それぞれなのだが、
で、あるならば、「最悪」を追求しようという思考そのものは、まさに狂っている。
 
犯人にとっては、「他人の命を弄んだ」という意識はなく、「私の実験に付き合わせてしまって申し訳ないが、でもこれも私の自己満奥のためだ」というのだ。
 
対する主人公も、愛する妻を失い、徐々に狂気に犯され、心の均等を失っていく。
当初こそ、妻の安否を気遣っていたものの、最終的には「真相」がただ知りたい、
という好奇心からテレビを通じ、単独で犯人との接触を試みる。
(まさに『ゾディアック』における主人公の抱えたオブセッションそのもの)
 
不意に訪れたその瞬間こそ、犯人を殴りつけ、積年の恨みつらみを暴力によって発散するも、犯人による「妻の体験の追体験」という提案に沿ってからは、
誘拐犯とその被害者、という奇妙な関係同士の珍道中となる。
 
映画の行く末は機会があれば、ぜひ、自らの目で確かめてほしい。
 
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『ヘンリー -ある連続殺人鬼の記録-』
 
 
こちらはソフト化もされており、今回の上映のため、特別再上映として鑑賞。
 
主演であるヘンリー・リー・ルーカスを演じるは、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ウォーキング・デッド』で一躍有名となった、
マイケル・ルーカー。(現在齢60近いので、もう30年経つんですねこれ、、、)
 
ヘンリー・リー・ルーカスは実在の犯罪者であるが、300件近い殺人、強姦を繰り返し、刑務所に収監されてからは犯罪アドバイザーとして捜査に協力していたという、『羊たちの沈黙』のモデルとして有名なシリアルキラー
 
シリアルキラーといっても、今作のルーカスの人物像は、いわゆるサイコパスや快楽殺人鬼というモチーフを、映画文法上のステロタイプとして描いてはおらず、
ただ、そこに人が居て、気に入ったから殺す。気に入らなければなお殺す。
という、10秒チャージやカロリーメイト的な感覚で、劇中も多くの人間がルーカスの手に掛かる。
 
手際も見事で、同じ凶器は使用しないというプロとしての自覚も持ち合わせつつ、
頸椎をひねって即死させるテクニックに関しては、チャック・ノリスさながらである。
その際のSEも、シャウエッセン(ソーセージ)をかじった際の音に近いが、
画面上では「服を剥ぎ取られレイプされかかっている母親が、目の前で息子を殺され、夫は拘束されそれを強制的にそれを見せられている」という状態なので、全く笑えない。
 
実際、目に障害のあったルーカスは、「殺してからでないと、女性とセックスができなかった」という供述も残っているそうなので、いよいよ壊れてしまっている。
 
とはいえ、母親殺しを聞かれた際の殺害方法が同じ会話でちぐはぐだったり、
娼婦の首をひねった後に、一人だけハンバーガーを平らげている描写もあり、
ルーカスの正常さ、という物差しがどんどんわからなくなってくる。
(相棒はショックで肉が食えず、ルーカスからポテトを進められてようやく、食事する)
 
とにかく不穏な描写が多く、裏ディーラーからテレビを強奪するついでにカメラを手に入れる下りや、後の展開に「どう考えてもプラスに作用しないであろう伏線」が入念に張り巡らせている所に溜飲が下がった。
例えば、「魚をさばいていて、腹から吹き出した血が台所の流しに流れていく」
というなんとないシーンでも、「ああ、これは人殺しの映画なのね」というフィルターで観に来た観客にとってはもうそういうシーンの伏線にしかいえないという仕組みなのだ。
 
ルーカスが殺害した女性たちの姿が、何度もポートレイト的に映し出されるが、
ゴアというよりかは、「ただ冷たくなった肉が横たわっている」という手触りで、
この辺りはデヴィット・リンチ的にも映った。
 
ともあれ、スプラッター的な描写にも寄らず、登場人物の扇情的なドラマにも偏ることのない、捉えどころのない悪夢のような映画でございました。
 
そういう意味では『ザ・バニシング -消失-』との併映は大正解と言えるでしょう。
 
どうかしてるよ。ほんとに。