感想『パティ・ケイク$』女性版“8_Mile”な内容でビンビンきた109分

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タイトルにもある通り、女性版『8_Mile』と評判高い映画だったので観て来ました『パティ・ケイク$(ス)』

 

 

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困難な状況に置かれながらもラップで成功を収めようと奮闘する女性を描き、サンダンス映画祭で話題を集めた青春音楽ドラマ。ニュージャージーで飲んだくれの母や車椅子の祖母と3人で暮らす23歳のパティは、憧れのラップ歌手O-Zのように音楽で成功して地元から抜け出すことを夢見ていた。しかし現実は金も仕事もなく、周囲からは見た目を嘲笑されるつらい日々。ある日、駐車場で行われていたフリースタイルラップバトルに参加した彼女は、渾身のライムで対戦相手を破り、諦めかけていた夢に再び挑戦するべく立ち上がる。そんな彼女のもとに、正式なオーディションに出場するチャンスが舞い込んでくる。

 

普段から崇拝するOZの妄想にふけり、唯一の取り得でもあるラップでドン底の生活から抜け出すことばかり夢見ている主人公パティ

 

だが、元・歌手の母の遺伝子を継いで、歌唱力とリズム感のセンスはバッチリ。

 

冒頭から、畳み掛けるようにパティのラッパーとしての才能の片鱗や彼女の置かれた状況をテンポよく見せてくれるため、グイグイ物語に引き込まれます。

 

ひとたび妄想の世界に入り込むと、緑色の紫煙と共にOZワールドに突入。映画的な装置としても分かりやすい演出です。

 

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↑間違いなく2018年度で公開された映画の中でもズバ抜けてクールなショット。

 

 

車椅子のお婆ちゃんの話し相手になって日々ライムを聞かせていたことでキレッキレな韻踏み語感は既に磨かれている状態。だが、いわゆる都会のギャングスタ・ラップにどっぷりなパティのラップは、どこか身の丈以上の非現実的な印象。

 

この「本当の私」と「歌で登場するクールな私」とのギャップにどこか違和感を感じながらもいよいよデビューに向けてデモテープを制作することになります。

 

 

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                イカれたメンバーを紹介するぜ!

 

(左から)薬局で働くパティの親友ジュリー。ノリが良いお調子者だが、現実なら絶対マブになりたい奴No.1の寛容な心のオーナー。イカレたインド人

 

ナナ(中央)。たまたまその場に居合わせただけで孫のラップグループの一員になってしまった老い先短い脅威の婆ちゃん。酒ヤケでシガれたボイスが武器。自立歩行が不可能なため、基本パティが押して移動する。

 

バスタード(右)

アンチクライストバスタード(クソ野郎)という出落ちみたいな設定で登場し、

臆病な羊ども、目を覚ませ!」というシャウトをステージ上で披露した結果、パティの心を射止めた劇中No.1のナイスガイ。

 

 

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           PBNJの記念すべき第一作。最高すぎるから観て。

 

車椅子のババア、インド人、おデブ白人(女)、黒人でアンチキリストという、この世のマイノリティを集めて煮込んだような異形のグループ、(4名全員の名前の頭文字を取って)「PBNJ」を結成。バスタードの基本的な音楽ポテンシャルの高さに救われ、どうにかCDデビューに漕ぎつける。

 

グループ活動の傍ら、パティの生活はドン底そのもので、元・歌手の母親はろくに働きもせず酒びたりで、たまに娘の働くカラオケバーに現れては自慢の歌を披露しつつも泥酔して娘に介抱してもらう始末。父親はあきれて家を出てしまったものだから、稼ぎ手はパティ只一人。実家は常に自転車操業で、祖母の医療費未支払いの催促の電話が毎日来る有様。

 

パティが家を出たがる現実として、こうした家庭の事情と徹底的にレベルの低いニュージャージーの人々から逃げ出したい思いのあまり、つい夢想のような歌詞を書いてしまう。

 

パティは酒びたりで男にだらしない母親のことを「女性」として軽蔑しているものの、ひとたびマイクを握らせれば圧倒的なポテンシャルの高さを見せ付ける母親の姿が、かつては「本物のアーティスト」であったことを窺がわせ、同じくミュージシャンとしての夢を持つパティとしては、逆らいがたくどこかで母親を尊敬してしまっているんですね。

 

この「理想の親」には程遠いが、人として尊敬に値する才能をもった母親と娘の関係という、微妙なバランス関係が良いんですね。

 

けれど、パティにとってみれば母親こそ「逃げ出したい現実」の象徴そのもの。だから、「地元を出る」ことと、「有名ラッパーになってOZに認めてもらうこと」を逃避先として、ナイフを研ぐように歌詞を書き続け、胸の火をくすぶらせるような毎日を送っているわけですね。

けれど、パティ自体は若さゆえの間違いや青臭さで失敗は犯しますが、まっとうな仕事もソツなくこなせる有能さも垣間見え、基本的には芯の通った根の良い子

 

『パティ・ケイク$』は青年後期に差し掛かった一人の女性が、いかに自らの人生を見つめ直し成長するかという正統派の成長ストーリーでありながら、「周囲の人々とどう向き合っていくか」という群像劇であるともいえる。

 

彼女と関わることで周囲が影響を受け、また、逆に影響を与えながらも少しでも前向きに進もうと一つの目的のために物語が収束していくグルーヴ感は、『8_Mile』よりも『ロッキー』のような肌触りの良さを感じた。

 

そうした意味があるから『パティ・ケイク“ス”』なのだろう。

 

もし今、身の丈以上に振舞ったりして無理してしんどいなぁ、と感じることがあれば、

この作品には大事なメッセージを伝えてくれることうけあいだ。

 

完全にどうかしてる設定の中でも、柔らかく暖かいぬくもりを感じる、とても”女性的”な映画として良作でした。